2017年 09月 07日
オレンジ色のランドセルと変な名前のブサイクな女の子(小学校~中学校)Profile 1
今は笑える小学校時代の事件です。

小学2年生のある日、クラスの友達に告げられた一言。



「お母さんが、ありこ(私)のこと、ブサイクな子って言ってたよ。」



それまで、自分がかわいいとも、ぶさいくとも、
顔のことなんて何にも考えていなかったのです。

「えっ?!」
「そーなんだ、私ってブサイクなんだ…。」

大きなショックというより、「ぽかーん」みたいだった記憶があります。
いや、ショック過ぎたのか…。

確かにあの時代、今のようにオシャレな子はいなかったので、

お目目パッチリの子が、お人形のようでかわいかったの。

その子たちと比べると、確かに…ブサイク

ということで、私は自分で自分に「ブサイク」の刻印を押しました。


誰にも告げずに傷ついていました。(笑)

「お母さんキレイね。」
「妹さんかわいいね。」

言われる度に「どーせ私はブサイクです!!」って。
小学生でなければ、ぐれてたかも?!(笑)



そして、ランドセルの色が「オレンジ色」。

あの時代、女の子のランドセルの色は、ほぼ100%が「」でした。
全校でわたし一人が、「オレンジ色」。

「なんでオレンジ色なん?」と、聞かれる度に。

なんでみんな「なん? なんで私は「オレンジ」を選んだの?
男の子は、なんでみんな「」なん?「」はなんでいないの?

ちなみに妹は、これまた「黄色」で、これは親に選ばれたみたいで、
わたしより目立つ「黄色」が、嫌で嫌で、
泣きながらランドセルを放り投げ、ぶつけて、踏んで、蹴って、
執念で壊して、6年生まで絶対に使うことを約束させられて
念願の「赤いランドセル」に買い替えてもらっていました。

とまあ、色のことで小学生の時から、こんなにもんもんと考えていました。

今になって、写真を見てみるとオレンジ色、似合っているし、
すご~くブサイクでもなく、普通やん。(笑)


そして、色とデザインとは、関係ありませんが、
名前の「ありこ」も、すご~~~く嫌でした。

自己紹介する度に、

『「ありこ」やて~~。変な名前。』
『「ありこ」って、変わった名前~。』
『「あいこ?」「まりこ?」なんて?』

この顔とランドセルと名前。
神様を恨みました。


そう、だから、小学生時代の私は
「オレンジ色のランドセルの変な名前のブサイクな子」


学校での好きな教科は、「図工」と「音楽」。勉強は、無し?親は教員のなに。(笑)
特に「図工」は得意で、学校外で何度か賞もいただきました。

それだけは自分で誇れる「ありこちゃん」でした。



そんな私も中学生になり、やっとあの「オレンジ色のランドセル」とおさらばしました。(笑)

ブサイクな自分にも少し慣れました。(笑)
変な名前「ありこ」は、そのままです。

そして、成長していくうちにあることに気づきました。


お目目ぱっちりじゃなくても素敵な人、きれいに感じる人がいる!!!


「なぜ????」


それから今に至る習性「美しいモノの観察」が始まりました。

答えは、「バランスにありました。

そして、素敵な人は自分を知っている。

「あの顔の大きさと身長だから、大きさのバランス。髪型は…。洋服の色は…。」
「あの顔のパーツ(目・口・鼻・輪郭)のデザインには、カーブを感じるから…。デザインのバランス。」
「肩幅狭いから…。」
「背が低いから…。」

わたしもブサイクから普通に脱出できるかも?!

そして、それからは「人」だけでなく「モノ」「絵画」「景色」「自然」等
そにかく美しく感じるものすべてに

「なぜ、美しく感じる?」の分析が始まりました。
それは、面白くて、興味深くて…。

それも不思議ですね。

なぜ、私は、美しいモノが好きで、それを分析しようとするのか?

この答えは今も、出ていません。名前も「ありこ」のまま。(笑)

そうそう中学生になって、好きな教科が増えました。「書道」です。
相変わらず勉強より「美術」「音楽」そして、「書道」

その後、何も考えずに普通科の高校へ進学しました。
普通になったつもりの私は、少しおしゃれして、少し恋もして、
そして、いよいよ将来に向けての大学進学。

この大学も私にとってのターニングポイントだったかもしれません。

いろいろあります。
そこそこ長く生きていると…。

続きは次回に





















































私のランドセルは、なぜかオレンジ色でした。

その時代、女の子はほぼ全員が、「」。男の子は、「」でした。

「なんでオレンジ色なん?」





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by arys-act | 2017-09-07 17:27 | プロフィール | Comments(0)


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